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関東大震災の様子の最新映像を集めてみた「火災が一番恐ろしい」

1923(大正12)年9月1日に関東大震災が発生し、10万5千人もの死者・行方不明者を出しました。
これまで公開された、多くの関東大震災の様子を記録した画像とともに、最新映像を集めました。

この時の震災が教訓となって、現代の神戸淡路大震災や東日本大震災の時の被害を軽減できたのでしょうか。当時震災調査をした寺田寅彦のコメントを紹介します。

ひまり
神戸での震災を思い出すわ!

関東大震災の様子の最新映像

これまで、数多くの関東大震災の様子を記録した画像が公開されてきました。最新映像を含め見てゆきましょう。


火の手が半端じゃない!

今回、当時の文部省が監修した関東大震災の様子の最新映像「関東大震大火実況」の全編が公開されました。
白井茂キャメラマンの「決死的撮影」により惨状が64分に渡って、サイレントの白黒映画で記録されています。

https://kantodaishinsai.filmarchives.jp/movies/m01.html
燃え盛る炎。走り回っている被災者。レンガ造りのビルはことごとく崩壊。壊れた鉄道。破壊された駅。救護班。炊き出し。自主的に安否確認の受付所開設。地方から屈強なボランティア。地方からの応援物資。大阪に避難する船に乗り込む被災者。肉親を失った子供たち。
数々のなまなましい状況が映し出されています。

火の手が半端じゃない!
れん

寺田寅彦のコメントは?

寺田寅彦は「天災は忘れたころにやってくる」という名言を残した実験物理学者で、随筆の名手として知られ、夏目漱石の愛弟子でもあります。
関東大震災発生直後に、大震災調査をした寺田寅彦のコメントを見てみましょう。

寺田寅彦の略歴は次のようなものです。
1878年11月28日東京麹町に高知県士族の長男として生まれる。
1896年熊本第五高等学校に入学。
英語教師夏目漱石に出会い、影響を受ける。
1899年東京帝国大学理科大学に入学。
1916年東京帝国大学理科大学教授に就任。
1923年関東大震災発生直後に、大震災調査。

<寺田寅彦のコメント>

(164頁)徳川時代に、大火の後ごとに幕府から出したいろいろな禁令や心得が、半分でも今の市民の頭に保存されていたら、去年のあの大火災おそらく、あれほどにならなかった相違ない。
江戸の文化は日本の文化の一つである。
ばかにすると罰が当たる。
大正14年のような地震が、いつかはおそらく、数十年ののちには、ふたたび東京を見舞うだろう…
その日が来た時には…もっとはなはだしい災害に…。
たとえ、高圧水道ができていようが消防船が幾台できていようが…。
(165頁)…今度は1カ所で済んだが、この次には何カ所も…新しい仕掛けの…。
(角川書店「人生論読本第十二巻寺田寅彦」昭和36年初版本から引用)

ひまり
過去の経験が本当に生かされているのか?

関東大震災の最新映像へのみんなの反応

これは貴重ですね。
関東大震災について、学校の授業で聞いただけなのでみてみたいと思います。
当時は木造家屋、耐震構造もない建物だったからここまでの被害だったと思うけど、同じ規模の地震が来たら、建物は崩れないとしてもやはり火災が一番恐ろしい。
まさに温故知新
震災を経験した世代はどんどん少なくなり震災を知らない世代ばかりになった現在において、震災というものを後世に伝える貴重な記録
歴史を学ぶのはより良い未来を作るためにも非常に大切なので素晴らしいと思います。
貴重ですね。関東大震災の詳細を知らないので
広めて欲しいですね。

出典:ヤフコメ

かなり生々しい映像に現代人へのインパクトは大きかった!
れん

まとめ

要約すると...

  • 関東大震災の当時の貴重なフィルムがウェブ上に公開された
  • 当時の知識人寺田寅彦氏は、震災は再び起こると思って備えよと説いていた
  • 貴重な資料だ、歴史に学ぶべきとのコメントが多数
ひまり
あと2年で100年経つのか

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