東京オリンピックの年のスポーツ

プロ野球殿堂入りの条件と選手一覧!なぜあの人は選ばれなかった?

日本の野球殿堂である「野球殿堂博物館」がこのほど今年の殿堂入り者を発表しましたが、プロ野球の元選手や指導者が対象となる競技者表彰は1998年以来、23年ぶりに「該当なし」となってしまいました。

ただ、候補者リストを見ると多くの名プレーヤーたちが名を連ねており「該当なし」とはどうにも不可解。プロ野球殿堂入りの条件とは?「なぜ選ばれなかったの?」の理由や殿堂入り選手一覧をまとめてみました。(出典:Wikipedia、殿堂博物館サイトなど)

日本の野球殿堂は米国に倣って1959年に創設。カナダとか各国にもあるのね
ひまり

プロ野球殿堂入りの条件

プロ野球で顕著な活躍をした選手や監督・コーチ、野球の発展に大きく貢献した人らの功績をたたえて顕彰する野球殿堂殿堂入りは「野球人」「野球に生涯を捧げた人」にとってはこの上ない名誉だといえます。現在の殿堂入りの条件は以下の通りです。

殿堂入りの条件

【競技者表彰】

▽プレーヤー表彰

対象は引退から5年以上の元プロ選手(今回の候補は30人)。候補者でいられるのは15年間。選考は野球報道に関して15年以上の経験を持つ委員(今回は363人)が務め、7人以内の連記で投票し75%以上の得票が集まった候補が選ばれる。

▽エキスパート表彰

プロのコーチ、監督でユニホームを脱いで6カ月以上が経過しているか、引退から21年以上のプロ選手が対象(今回の候補は20人)。選考は既に殿堂入りした人、競技者表彰委員会幹事と野球報道30年以上の経験を持つ委員(今回は138人)が5人以内の連記で投票し、75%以上の得票が集まった候補が選ばれる。

れん
このほかに、アマ野球関係者や野球文化に貢献した人などを顕彰する「特別表彰」もあるな。今年の殿堂入りはこの特別表彰2人だけだった

https://twitter.com/BaseballHOF1959/status/1349643210927165440

21年投票結果

そして今年の投票結果は、上位候補では以下の通りとなりました。

▽プレーヤー部門(数字は得票数)

高津 臣吾   259
・山本  昌   244
・A・ラミレス   233

※殿堂入りには269票必要だった

▽エキスパート部門

R・バース    95
・掛布雅之     73
・大沢啓二(故人) 49

※殿堂入りには101票必要だった

つまり、どの候補も得票率75%に達せず規定により「該当なし」となったわけです。両部門とも該当なしとなるのは、部門制になって以来初めての事態です。

ひまり
うーん…高津さんがあと10票、バースさんがあと6票。二人とも去年もわずかに規定票に届かずだったし不運というか…

なぜこうなったのか。それは「票が割れた」のが大きな原因です。殿堂の規定ではプレーヤー部門候補者は最大30人、エキスパート部門は20人。去年はそれぞれ21人、16人でしたが今年は規定ギリギリまで増やされたため、票がばらけてしまったようです。では次項でこれまでの殿堂入り選手一覧をご紹介しましょう。

プロ野球殿堂入り選手一覧

今年の野球殿堂入りが「プロ野球選手からは該当なし」になってしまった「なぜ?」の訳は、候補が多く投票がばらけて当選条件を満たさなかったためと分かりました。

では、これまでにどんな選手が殿堂入りしてきたのか、その選手一覧を以下にまとめました。

番号選手名西暦競技者表彰or特別表彰備考
1正力松太郎1959年特別日米野球を成功させ巨人を創設
2平岡熈1959年特別我国初の野球チームを結成
3青井鉞男1959年特別米チームを破った一高投手
4安部磯雄1959年特別学生野球の父
5橋戸信1959年特別都市対抗野球大会を創設
6押川清1959年特別初のプロチーム「日本運動協会」を創設
7久慈次郎1959年特別早大・函館オーシャンの名捕手
8沢村栄治1959年特別初期プロ野球界不滅の大投手
9小野三千麿1959年特別対大リーグ初の勝利投手
10ヴィクトル・スタルヒン1960年競技者プロ野球初の300勝投手
11河野安通志1960年特別早大初渡米後ワインドアップ投法を導入
12桜井彌一郎1960年特別第1回早慶戦勝利投手
13飛田忠順1960年特別穂州の名で健筆をふるった早大名監督
14池田豊1962年競技者学生・プロの名審判
15市岡忠男1962年特別職業野球連盟初代理事長
16中島治康1963年競技者プロ野球初の三冠王
17若林忠志1964年競技者七色の変化球を投げた頭脳派投手
18宮原清1964年特別社会人野球協会初代会長
19川上哲治1965年競技者打撃の神様、V9達成の巨人監督
20鶴岡一人1965年競技者南海黄金時代を築いた名監督
21井上登1965年特別第2代コミッショナー
22宮武三郎1965年特別投打に活躍した学生野球のヒーロー
23景浦将1965年特別猛打タイガースの強打者
24守山恒太郎1966年特別一高の名サウスポー
25腰本寿1967年特別慶大黄金時代の名監督
26鈴木惣太郎1968年特別プロ野球草創期日米野球の交流に尽力
27田辺宗英1968年特別後楽園スタヂアム第4代社長
28小林一三1968年特別宝塚運動協会・阪急球団結成
29苅田久徳1969年競技者華麗な守備の名二塁手
30三宅大輔1969年特別巨人、阪急の初代監督
31田部武雄1969年特別攻走守揃った天才的プレーヤー
32森岡二朗1969年特別日本野球連盟初代会長
33島田善介1969年特別慶大・三田倶楽部名捕手
34有馬頼寧1969年特別東京セネタースを結成
35天知俊一1970年競技者中日監督でシリーズ制覇
36二出川延明1970年競技者初代パ・リーグ審判部長
37田村駒治郎1970年特別松竹ロビンスオーナー
38直木松太郎1970年特別野球規則を本格的に翻訳出版
39中馬庚1970年特別ベースボールを”野球”と訳す
40小西得郎1971年特別独特の話法で人気を博した名解説者
41水野利八1971年特別用具の生産・改良に尽力
42石本秀一1972年競技者広島カープ初代監督
43中野武二1972年特別審判の権威と信頼を確立
44太田茂1972年特別運動記者の草分け
45内海弘蔵1973年特別明大野球部長
46天野貞祐1973年特別学生野球協会第2代会長
47広瀬謙三1973年特別スポーツ記録の第一人者
48藤村富美男1974年競技者猛打の初代ミスタータイガース
49藤本定義1974年競技者29年で5球団を指揮した名監督
50野田誠三1974年特別甲子園球場の設計工事責任者
51中上英雄1976年競技者プロ野球完全試合達成第一号
52小泉信三1976年特別学徒出陣壮行早慶戦実施
53水原茂1977年競技者巨人第2期黄金時代の名監督
54西沢道夫1977年競技者14歳でプロ入り、投打に活躍
55森茂雄1977年特別早大監督で9回優勝
56西村幸生1977年特別草創期のタイガースを支えたエース
57松木謙治郎1978年競技者初代タイガース主将、猛打で沢村と対決
58浜崎真二1978年競技者48歳で投げた小さな大投手
59伊丹安広1978年特別早大の頭脳的名捕手
60吉原正喜1978年特別巨人第1期黄金時代の強肩捕手
61岡田源三郎1978年特別全ポジションを守った明大万能選手
62別所毅彦1979年競技者310勝をあげた南海、巨人のエース
63平沼亮三1979年特別東京六大学野球連盟第2代会長
64谷口五郎1979年特別大正時代の早大エース
65大下弘1980年競技者“青バット”の天才打者
66小鶴誠1980年競技者シーズン51本の本塁打王
67千葉茂1980年特別“猛牛”といわれた巨人名二塁手
68飯田徳治1981年競技者1246試合連続出場
69岩本義行1981年競技者神主打法で1試合4ホーマー
70佐伯達夫1981年特別第3代高野連会長
71小川正太郎1981年特別社会人野球協会結成に貢献
72鈴木龍二1982年特別セ会長を長年務め、球界の発展に尽力
73外岡茂十郎1982年特別学生野球憲章制定に尽力
74三原脩1983年競技者“魔術師”と称された名監督
75内村祐之1983年特別第3代コミッショナー
76桐原眞二1984年特別早慶戦復活に尽力した慶大主将
77杉下茂1985年競技者フォークボールの大投手
78白石勝巳1985年競技者巨人初期黄金時代の名遊撃手
79荒巻淳1985年競技者「火の玉投手」と呼ばれたパ・リーグ初代新人王
80田中勝雄1985年特別早大で首位打者3度のスラッガー
81山内以九士1985年特別野球規則・記録の研究、整備に貢献
82中河美芳1986年特別名物の守備で活躍した投手兼一塁手
83松方正雄1986年特別タイガース初代会長
84藤田信男1987年特別法大初優勝監督
85山下実1987年特別慶大黄金時代の強打者
86長嶋茂雄1988年競技者“神宮の星”から”ミスタープロ野球”へ
87別当薫1988年競技者天性の好打者、4球団の監督歴任
88西本幸雄1988年競技者監督歴20年、8度のパ・リーグ優勝
89金田正一1988年競技者400勝、4490奪三振
90横沢三郎1988年特別プロ野球草創期の名審判
91芥田武夫1988年特別早大の名外野手
92永田雅一1988年特別東京球場をつくる
93島秀之助1989年競技者初代セ・リーグ審判部長
94野村克也1989年競技者戦後初の三冠王捕手
95野口二郎1989年競技者延長28回完投の鉄腕投手
96池田恒雄1989年特別出版活動を通じ、野球界の発展に貢献
97伊達正男1989年特別大リーグに挑んだ早大の鉄腕投手
98真田重藏1990年競技者ノーヒットノーラン2度達成
99張本勲1990年競技者広角打法で3085安打達成
100佐伯勇1990年特別近鉄バファローズオーナー
101牧野茂1991年競技者高度なチームプレーを確立
102筒井修1991年競技者選手から3000試合出場の名審判へ
103島岡吉郎1991年競技者神宮を沸かせた名物明大監督
104中澤良夫1991年特別春夏甲子園大会の基盤をつくる
105廣岡達朗1992年競技者セ・パ両リーグで日本一監督
106坪内道則1992年競技者1000試合、1000安打第一号
107吉田義男1992年競技者今牛若丸と呼ばれた名ショート
108吉田正男1992年特別中京商業夏の甲子園3連覇投手
109稲尾和久1993年競技者シーズン42勝をあげた西鉄の鉄腕エース
110村山実1993年競技者2代目ミスタータイガース
111王貞治1994年競技者一本足打法の世界のホームラン王
112与那嶺要1994年競技者ハワイの日系二世三拍子揃った名外野手
113廣岡知男1994年特別野球のオリンピック参加に貢献
114杉浦忠1995年競技者日本シリーズ全4戦全勝の南海エース
115石井藤吉郎1995年競技者アマ球界の強打者から全日本監督へ
116呉昌征1995年特別俊足、強肩の名外野手“人間機関車”
117村上實1995年特別プロ野球草創期の阪急球団代表
118藤田元司1996年競技者巨人のエースから名監督へ
119衣笠祥雄1996年競技者2215試合連続出場の“鉄人”
120牧野直隆1996年特別第4代高野連会長
121保坂誠1996年特別日本初ドーム球場建設
122大杉勝男1997年競技者両リーグで1000試合、1000安打達成
123山本英一郎1997年特別国際派の野球人として活躍
124中尾碩志1998年特別速球派から技巧派へ、通算209勝
125井口新次郎1998年特別和歌山中、早大の名選手
126中西太1999年競技者“怪童”と呼ばれた本塁打王
127広瀬叔功1999年競技者名外野手で盗塁王
128古葉竹識1999年競技者カープの黄金時代を築いた名監督
129近藤貞雄1999年競技者投手分業制を導入
130吉國一郎1999年特別第9代コミッショナー
131米田哲也2000年競技者949登板、350勝の“ガソリンタンク”
132福島慎太郎2000年特別パ・リーグ会長を2度務めた
133根本陸夫2001年競技者西武黄金時代の基礎を築く
134小山正明2001年競技者抜群の制球力で歴代3位の320勝
135武田孟2001年特別日米大学野球開催に尽力
136長谷川良平2001年特別広島を支えた小さな大投手
137山内一弘2002年競技者大毎ミサイル打線の中心打者
138鈴木啓示2002年競技者近鉄一筋、歴代4位の317勝
139福本豊2002年競技者攻走守三拍子そろった盗塁王
140田宮謙次郎2002年競技者15シーズンで打率3割以上7回
141中澤不二雄2002年特別パ・リーグ初代専任会長
142生原昭宏(アイク生原)2002年特別日米野球交流の中心的役割を果たす
143フランク・オドール2002年特別(新世紀)日本の野球技術向上に尽力
144正岡子規2002年特別(新世紀)野球を愛した明治の俳人・歌人
145上田利治2003年競技者熱血指導で阪急を常勝チームに
146関根潤三2003年競技者投手と野手でオールスター出場
147松田耕平2003年特別大リーグを手本に球団改革を推進
148ホーレス・ウィルソン2003年特別(新世紀)明治5年に野球を伝えた“日本野球のルーツ”
149鈴鹿栄2003年特別(新世紀)軟式ボールを考案し野球の普及に尽力
150仰木彬2004年競技者「イチロー」を誕生させた名監督
151秋山登2004年特別大洋初の日本一に貢献した大エース
152村田兆治2005年競技者豪快な“マサカリ投法”で大活躍
153森祇晶2005年競技者日本一3連覇を2度達成した名監督
154志村正順2005年特別野球人気に貢献した名アナウンサー
155門田博光2006年競技者怪我を克服し、史上最年長MVPに
156高木守道2006年競技者攻走守三拍子そろったバックトスの名手
157山田久志2006年競技者独特のサブマリン投法で通算284勝
158川島廣守2006年特別プロ・アマの協調体制を加速させる
159豊田泰光2006年特別西鉄黄金時代にクリーンアップを打つ
160梶本隆夫2007年競技者9連続奪三振は今も日本記録
161松永怜一2007年特別優れたアマ指導者でロス五輪優勝監督
162山本浩二2008年競技者“ミスター赤ヘル”と呼ばれた広島の4番打者
163堀内恒夫2008年競技者ルーキーで16勝をあげエースとしてV9に貢献
164嶋清一2008年特別夏の甲子園の準決勝、決勝でノーヒットノーラン
165若松勉2009年競技者生涯打率.319の「小さな大打者」
166青田昇2009年競技者「じゃじゃ馬」と呼ばれたホームランバッター
167大社義規2009年特別野球とチームを愛した日本ハム初代オーナー
168君島一郎2009年特別日本野球発祥の研究をし、「日本野球創世記」を著す
169東尾修2010年競技者通算251勝、ライオンズのエース
170江藤慎一2010年競技者史上初の両リーグで首位打者
171古田昌幸2010年特別都市対抗16回出場「ミスター社会人」
172落合博満2011年競技者史上初の三冠王を三度達成
173皆川睦雄2011年競技者南海の黄金時代を支えたサイドスロー
174北別府学2012年競技者広島3度の日本一に貢献
175津田恒実2012年競技者速球を武器に“炎のストッパー”と呼ばれた
176長船騏郎2012年特別全日本アマチュア野球連盟の結成に貢献
177大本修2012年特別「アオダモ資源育成の会」を設立
178大野豊2013年競技者80年代の広島黄金時代を支えた左腕
179外木場義郎2013年競技者完全試合を含むノーヒットノーラン3度達成
180福嶋一雄2013年特別小倉高のエースで夏の甲子園2連覇
181野茂英雄2014年競技者トルネード投法で人気を博し日米で活躍
182秋山幸二2014年競技者80、90年代を代表する俊足強打の外野手
183佐々木主浩2014年競技者“大魔神”と呼ばれ日米で活躍したクローザー
184相田暢一2014年特別“最後の早慶戦”の実現と戦後の野球復興に尽力
185古田敦也2015年競技者ヤクルト一筋の日本を代表する名捕手
186林和男2015年特別日本リトルリーグ創設に尽力
187村山龍平2015年特別全国中等学校優勝野球大会を創設
188斎藤雅樹2016年競技者11試合連続完投勝利の巨人のエース
189工藤公康2016年競技者西武等3球団で日本一11回の“優勝請負人”
190榎本喜八2016年競技者50~60年代を代表する“安打製造機”
191松本瀧蔵2016年特別戦後の野球復興に貢献した国際派
192山中正竹2016年特別六大学最多48勝、バルセロナ五輪代表監督
193伊東勤2017年競技者西武黄金期を支えた名捕手
194星野仙一2017年競技者楽天を初の日本一に導いた“闘将”
195平松政次2017年競技者「カミソリ・シュート」を武器に大洋で201勝
196郷司裕2017年特別アマの名審判で、審判指導者としても貢献
197鈴木美嶺2017年特別日本野球規則委員会で中心的役割を果たす
198松井秀喜2018年競技者“ゴジラ”の愛称で親しまれたスラッガー
199金本知憲2018年競技者1492連続試合全イニング出場の“鉄人”
200原辰徳2018年競技者巨人監督で3度日本一、第2回WBC優勝監督
201瀧正男2018年特別中京商で選手、指導者として春・夏全国優勝
202立浪和義2019年競技者中日一筋、通算2480安打の名内野手
203権藤博2019年競技者98年、監督として横浜を日本一に導く
204脇村春夫2019年特別プロ・アマ交流の礎を築いた高野連会長
205田淵幸一2020年競技者阪神、西武で474本塁打を放った
206前田祐吉2020年特別慶大監督を経て、アジア野球連盟事務局長を務めた
207石井連藏2020年特別早大監督を務め、日米大学野球開催に尽力
競技者表彰は計98人、特別表彰は計111人。この人たちは、東京ドームにある野球殿堂博物館にその顔が刻まれたレリーフが飾られるのよねw
ひまり

プロ野球殿堂入りなぜあの選手はなかった?3選

条件に達せず、今回プロ野球殿堂入りに漏れた候補選手一覧をざっと見てみると、前述した6人のほかにも谷繁元信、小久保裕紀、柴田勲、高田繁氏らかつての大人気・名選手がズラリと並んでいます。「なぜこの人が選ばれてないの?」という〝大物落選プレーヤー〟3選を筆者独断で選んでみました。

ランディ・バース

40代以上の野球ファンには「史上最強の助っ人」と脳裏に刻まれる元阪神の主砲。阪神でのプレーは6年と短く、通算記録では743安打、202本塁打、486打点と他の殿堂入り者に比べて傑出したものではありません。

ただ85、86年と2年連続で3冠王を獲得。86年の打率.389はイチロー氏も届かなかった日本最高打率。王貞治氏の記録に並ぶ7試合連続本塁打を放ち優勝に貢献、「神様、仏様、バース様」と呼ばれた存在感は、間違いなく球史に刻まれる外国人選手でした。果たして来年は晴れて殿堂入りできるでしょうか。

ブーマー・ウェルズ

元オリックス(阪急)、ダイエーで10年間プレーし首位打者2回、打点王4回、最多安打4回で84年には打率.355、37本塁打、130打点で3冠王を獲得している、まさにスーパー外国人助っ人。豪快なプレーや明るい人柄で非常に人気ある選手でもありました。

通算打率も4000打数以上で歴代4位(右打者では1位!)の.314。日本球界でのプレー年数と実績から言えばバース氏よりも上の申し分ない成績ですが、なぜかこれまで当選ラインに届いていません

れん
今回二人ともエキスパート部門の候補者だったから、有力候補同士で票を食い合ったのも皮肉な結果ではあったが…

山本昌(本名:昌広)

中日一筋29年の押しも押されもせぬ左腕の大投手。50歳を超えてもプレーしたNPB史上最年長登板記録、最年長勝利記録の保持者で「中年の星」とも呼ばれました。左腕に限れば世界最年長となる41歳でのノーヒットノーラン、08年には史上最年長での200勝を達成した、レジェンドベテラン投手でもありました。

殿堂入りの「暗黙のガイドライン」ともいわれる名球会入りも果たしていますが、今回あとわずか届かず。来年には当選圏に達するでしょうか。

まとめ

今回の記事をまとめると以下の通りです。

要約すると...

  • 今年の殿堂入りはプロ野球選手からは該当なし。誰も規定得票数に達せず
  • 候補数が昨年から大幅に増やされ、票が割れてしまったのが大きな原因
  • 未選出の「3大大物」はバース、ブーマー、山本昌。掛布、柴田、谷繁らも

ベテラン野球記者や殿堂入り者が中心に話し合いや投票で選ぶ殿堂入りは、かねてから投票の偏りや候補の選び方に疑問の声があるのも確か。

「プロ野球で顕著な活躍をした」「試合記録が野球の発展に貢献」「スポーツマンシップや観衆に与えた魅力に着目」 といった選考条件があるにも関わらず、印象的ではあっても実績はそれほどでもない人が殿堂入りしたり、候補になっているという批判は以前から絶えません。

ファンなどの間には「現役時代、嫌いだったり関係が悪かった選手には投票しない〝意趣返し〟みたいな選考委員もいるのでは」と訝る見方も。野球文化を発展させ最高の権威を守る殿堂だけに「選ぶ側」の見識も厳しく問われるといえそうです。

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