東京オリンピックの年の政治

籠城じゃとの意味は?ポスターが話題で加藤清正について改めて調べてみた

東京都は、コロナ感染拡大防止にはこの連休が正念場だとして、「ゴールデンウイーク改め、今年はステイホーム週間。おうちにいましょう」と呼びかけました。

これに趣旨は分かるが、「ステイホームなんて英語モドキのカタカナ言葉使ってないで日本語で必死に訴えかければいいのに」との声が多く寄せられていました。

これに対し、熊本市の大西一史市長が、ツイッターで紹介した新ポスター「籠城じゃ。」が好評です。その意味と熊本城主加藤清正と籠城の関連について調べてみました。

ひまり
あの清正が籠城したなんてことあったの?

籠城じゃとの意味は?

まず、籠城じゃとの意味を見てゆきましょう。

大西一史市長は、「ステイホームも加藤清正公ならこう言ったでしょう。『籠城じゃ。』」とコメントし、ポスターには「家にいよう みんなで打ち克とう。 熊本市」とのメッセージが添えられています。

では、あの勇将として名を馳せた加藤清正が、戦況危うく籠城したことがあったのでしょうか?

加藤清正は、文禄元年(1592年)からの、豊臣秀吉の朝鮮出兵文禄・慶長の役で、小西行長とともに、大将の一人として指揮をとりました。

その勇猛さから、日本軍中で最強の武将とみなされ、明・朝鮮連合軍に恐れられていました。

1598年に慶長の役で明・朝鮮連合軍と日本軍との間で行われた蔚山城(うるさん)の戦いでは、明軍、朝鮮軍、合わせて約56,900が、加藤清正を狙い、建設中の蔚山倭城を攻撃し取り囲みました。

籠城する日本軍は加藤清正の指揮のもと明・朝鮮連合軍を迎え撃つこととなりました。
援軍の到着まで明・朝鮮軍の激しい攻撃に10日余り耐え抜き、この戦いを最終的に明・朝鮮軍に20,000人の損害を与える勝利へと導いたというものです。

籠城しても、最後は敵を打ち破り、勝利するという意味が込められていると思えます。

なるほどいいね!
れん

加藤清正とはどんな人?

初代の熊本城主である加藤清正は、熊本市民から非常に慕われています。

先日再放送された「ブラタモリ」「水の国・熊本」でも、あの加藤清正が戦いに強いだけでなく、肥後熊本の様々な工夫を凝らした治水や農業振興にも才能を発揮したことがとても新鮮でした。

加藤清正は、永禄5年(1562年)6月24日豊臣秀吉と同じ尾張(おわり)生まれです。
豊臣秀吉の遠縁の親戚であったことから、秀吉に仕えるようになり、賤ケ岳(しずがたけ)の戦いに、七本槍のひとりとして活躍し、頭角を現してゆきます。

天正16年(1588年)には、朝鮮攻めの拠点となる地、肥後 (熊本県)半国の領主となります。

秀吉の命を受けて、文禄・慶長の役で朝鮮に出兵し、2度の戦役で活躍しましたが、秀吉が亡くなったため、停戦して朝鮮から引き上げました。

秀吉没後の、関ケ原の戦いでは徳川方の東軍に参加しています。

戦後、肥後一国の領主となり,有名な熊本城を築きました
熊本城築城や土木工事をする際には農閑期を狙い、きちんと賃金を払うなど、民衆に気を遣っていたため、今も熊本市民に親しまれてるそうです。

慶長16年(1611年)6月24日50歳で死去しています(謀殺ともいわれる)。

あの「加藤清正の虎退治」も、朝鮮出兵時の逸話で、馬をさらってしまうような大虎に臆することなく、向かってきた虎を、火縄銃の一発でしとめた加藤清正の勇気が称賛されて広まったものだそうです。

ひまり
逸話が満載だね!

籠城じゃポスターへのネットの反応

確かにかっこええ!皆の者いざ籠城じゃ!!!熊本県の『外出自粛ポスター』がハイセンスと話題に!「これはいい」「最高」
ステイホームって聞く度、ステイホームというより「皆の者!戦に備えよ!籠城じゃ!!」って、老兵、新兵、特攻部隊、医療班とか色々役職与えて作戦命じて欲しいなる
熊本市がだしたポスターに書かれた「籠城じゃ」の方がよっぽどカッコいいという気がしてます(笑)
熊本の市長さん。すごい気の利いたポスター出してる。日本人ならこれで通じる。

何だかいっそう身が引き締まる。 今度から #StayHome と一緒に #籠城じゃ も貼っとこ。

出典:ヤフコメ

家に籠るだけじゃなくてコロナと戦うとの気合も入っている!
れん

まとめ

要約すると...

  • 「籠城じゃ」には、ステイホームとコロナへの戦いの意味が込められている
  • 加藤清正には、朝鮮出兵の際、籠城しながらも、結果的に敵を打ち破ったという歴史的事実があった
  • かっこいい、すごく気が利いている、日本人ならこれで通じると、とても好評です

ステイホームstay homeは、確かにコロナ禍の世界で使われ、国際的に通じますが、もうひとつ日本人にピタッとしない気がしていました。

「籠城じゃ」には、なるほどこの言葉が日本語にはあったとはっとさせられました。
しかも家に籠るだけでなく、コロナと戦うという意志も込められており、好評なわけが分かります。

日本人には良く親しまれている加藤清正が、実際に籠城追い込まれながら、最後には敵を敗走させたという史実もぴったりな感がします。

ひまり
日本語を見直したわ!

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