コロナ禍の緊急事態はまだ始まって10日ほどですが、考えてみれば「自粛」や「一斉休校」などが叫ばれるようになってからは早くも2か月近くがたとうとしています。
しかも一説では「緊急事態は当初予定の5月6日には終わらない」との見方も囁かれ、見えないトンネルの出口に社会の「コロナ疲れ」が一層溜まっているようです。
そんな中、ネットでは「自粛厨」という言葉がチラホラ。自粛厨とは意味は?真の正義なのか見境ない暴走なのか、その〝本質〟を探りました。
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自粛厨とは意味は?
「自粛厨」とは、「じしゅく・ちゅう」と読みます。「自粛」とはまさに、今年の「流行語大賞候補」に上がりそうなほどもはや〝聞き飽きた〟言葉で、国語辞典によると「自分から進んで行いや態度を改めてつつしむこと」といった意味です。現在は「外出自粛」「出社自粛」など、「なるべく○○しないように努める」といった意味合いで使われています。

さて一方の「~厨」とはどういう意味でしょうか。やはり辞書などでは以下のように解説されています(出典:実用日本語表現辞典)。
(1)中毒あるいは中毒者を意味するネットスラング。中毒になっているものを語の前に付けて使用する。
(2)中学生を暗に意味するネットスラング。侮蔑的な意味で用いられることが多い。
もともとはネット上の書き込みなどで、中学生の蔑称である「中坊」を、わざと当て字にして台所の意味である「厨房」と表記したのが語源とされます。つまり「言動が中学生のように幼い大人」に対する罵倒語の一種で、そうした発言をした人に対してけなす意味があります。

その略語が「○○廚」で、意味は「○○に馬鹿みたいにはまっている人」といった侮蔑の表現だとされます。こうしたことから「自粛厨」とは、「自粛しろ、自粛しろ、とうるさく馬鹿の一つ覚えのように言いまくる人」といった意味だと考えられます。
脳科学者の中野信子氏は「自分が正義だと信じ込み、ルールから逸脱した他人を見つけると、問答無用に叩きまくって快感を得る」行為を「正義中毒」と呼んでいますが、「自粛厨」や「不謹慎厨」といった言葉も、そうした言動を声高にする人に対して、ネット上で非難を込めて呼ぶ蔑称だといえます。
https://twitter.com/chinami_dachs/status/1250654423778332674
自粛厨の事例
「自粛厨」とは「自粛をうるさく他人に求める人や行為」という意味ですが、「コロナ疲れ」「コロナ鬱」が蔓延し始めた中で、「なぜ自粛しない!」という「厨側」の厳しい声も、反対に「自粛厨」を批判する声もそれぞれに一段と高まり、先鋭化しているようにも感じられます。具体的に自粛厨が問題になった事例を振り返ってみました。
K-1強行開催事件
各地でスポーツイベントが中止を余儀なくされていた3月下旬、格闘技団体K-1はさいたまスーパーアリーナに数千人の観客を集めての大会を強行。県知事の度重なる要請も拒否しての実施に、「狂気の沙汰」「感染したら責任取れ」など批判が殺到した。一方で「やめると倒産する会社のことは無関心なのか」と自粛厨への批判もあった。
東京事変ライブ強行事件
人気アーティスト椎名林檎さんのバンド「東京事変」が2月末に東京でライブ決行。「卒業式の子供達が涙こらえて我慢してるのに、自分さえよければいいのか!」など批判が集中。「言い過ぎ」「決行を怒る人は電車乗らんのか?会社行かんのか?」など自粛厨批判も一部で起きた。
ホリエモン集会事件
実業家の堀江貴文氏が3月下旬にトークイベント「ホリエモン祭in名古屋」の開催を告知したところ、「この時期になぜ」など批判が集中。堀江氏は集会が小規模なこと、感染対策を徹底することなどを示して反論しつつ「ほんと不謹慎厨マジうざい。こいつらが不要な圧力をかけまくってる」ともツイート。

https://twitter.com/hori_fes/status/1244915005956321281
自粛厨へネットの反応は?





出典:twitter
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まとめ
今回の記事をまとめると以下の通りです。
要約すると...
- コロナ疲れが蔓延する中、人々のイライラも頂点に。ネットもギスギス感
- 自粛しない人を叩きまくる「自粛厨」に、激しく逆批判するツイートも多数
- 正義中毒や共感疲労が「自粛厨」多発の原因との分析も。冷静さ保つ努力を
今回話題になっている自粛厨は、広い意味の呼び方では「不謹慎厨」「不謹慎狩り」などとも言われます。特に、被害者が多く社会を揺るがす大災害や大事件の時に、存在が目立ってくることが多いようです。
心理学では「不謹慎狩りは共感疲労によって起こる」との分析もあるそうです。共感疲労とは、災害その他悲惨な光景や話を見聞きすると、それに共感し過ぎて自分自身の心までもが疲れてしまったり、ネガティブな感情に支配されてしまうこととされます。
そうした心の疲れが苛立ちに繋がり、些細なことに腹が立って当たり散らしたり、「悪人」だと思った相手を徹底的に叩き憂さを晴らす、という負の連鎖。長引く非常事態に「心の疲弊」は誰しも持つ共通の悩み。ちょっと冷静になり、他人への思いやりを持つことが、今だからこそとても大切に感じられます。
