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田澤ルールとは?会見で語ったことと今後への期待についてまとめ

MLBのレッドソックスなどで活躍し、レッズとのマイナー契約を解除されていた田澤純一投手が、日本の独立リーグ・ルートインBCリーグの「埼玉ヒートベアーズ」に入団することで合意しました。

田澤投手といえば、かつてNPBを蹴って社会人から直接MLB入りし、日本球界に大きな衝撃を与えた選手。いわゆる「田澤ルール」創設のきっかけになった事件でもありました。この田澤ルールとは?日本球界復帰や田澤ルールについて、田澤投手は何を思い何を語ったのでしょうか。(出典:Wikipedia、スポーツ紙など)

埼玉HBは15年にリーグ加盟。全国では唯一、NPB球団(西武)が本拠にしている都道府県にある独立リーグ球団なんだって!
ひまり

田澤ルールとは?

まずは田澤純一投手の経歴から振り返りましょう。田澤投手は横浜市生まれの34歳。小3で野球を始め横浜市立中では軟式野球部に。横浜商大高に進むと2年時に夏の甲子園に出場しましたが、自身の出場はなし。高校卒業後新日本石油ENEOS(現JX―ENEOS)に入社。野球部では主にリリーフを務め、06年の社会人日本選手権ベスト4に貢献しました。

08年の都市対抗野球などで活躍しMVPの「橋戸賞」を受賞。その年の暮れ、田澤投手はNPBのドラフトを拒否して直接レッドソックスとメジャー契約。故障などもあってメジャーとマイナーを行き来する年が続きますが、12年からブルペン投手としてメジャーで活躍しはじめます。

13年シーズンでは上原、ブレスロウ両投手とともにレッドソックスブルペンの軸として貢献。セットアッパーとして方程式を担い、71試合に登板。ポストシーズンでも防御率1.23と活躍しワールドシリーズ制覇も果たす存在感を見せました。その後マーリンズ、エンゼルスやマイナーチームを移り、19年にレッズとマイナー契約したものの、メジャー昇格はないまま契約解除となっていました。MLB成績は通算9年で、388試合21勝26敗89ホールド、防御率4.12

田澤ルールの経緯と中身

社会人での活躍から08年秋ドラフトで注目投手の一人だった田澤投手ですが、同年9月にMLB挑戦を表明しNPB12球団に指名を見送るよう求める文書を送付。ドラフト上位候補が自ら指名を拒否する事態で、プロ野球界には激震が走りました。

関係者は、NPBを経ずにアマの有力選手が直接MLB入りするケースが増えれば、日本球界が空洞化したりドラフト制度が崩壊すると懸念。これを防ぐため「NPBのドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した選手は、海外球団を退団した後も一定期間(大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)はNPB球団と契約できないとするルールが制定されました。田澤ルールとはこの決まりを指します。

つまり田澤ルールとは端的に言えば「アマから直接MLBに行き、仮に活躍できなかったとしても、すぐにNPBに〝出戻る〟ことは許さない」というもの。この規則も背景となり、田澤投手は日本復帰となった今回、NPBではなく独立リーグとの契約に至ったともいえます。

ひまり
田澤ルールをつくるきっかけになったこともあって、田澤さん本人は当時「日本では二度とプレーできないだろう。戻ることはない」と強い決意で渡米したそうだね…

田澤純一が会見で語ったこと

米ではコロナ禍が拡大し今季マイナーリーグは中止。田澤投手としてはプレーの場がなくなってしまいましたが、そんな時に元ロッテ選手の角晃多・埼玉HB監督からの熱烈オファーを受け「率直にうれしかった」と入団を決意10数年ぶりの日本復帰が決まりました。

埼玉入団の記者会見で、田澤投手は「いろいろ迷ったところはあるが、このチームでプレーしようと決めた。できる限り貢献できることを頑張っていきたい」と抱負。米球界復帰やNPB入りについて「今は考えていない。まずは今季が終わってから」と話しました。

自身の決断から生まれた「田澤ルール」とは、切っても切れない縁が続く田澤投手。会見でもこのルールについて聞かれ「いろいろなルールもありますし、(NPB入りは)難しいかなと思います」「2年間っていうルールがあるのは従わないといけないと思っています」と語る一方、「そういったルールがなくなってくれればいいな、という気持ちは、個人的にはあります」と率直な想いも話していました。

田澤投手は「残りの野球人生が短いのは分かっている。場所が変わっても野球をやることは変わらない」とも。でもまだまだ34歳。はるか先輩の松坂世代も頑張ってるし、NPBのマウンドに立つ姿も見たいね!
れん

田澤純一への期待は?ネットの反応

「よく解らん田澤ルール。無くせばいいのに…」田澤純一の国内復帰に上原浩治さんが本音のひと言
もう「2年ルール」は許してやろうよ…。ただ日本プロ野球で通用するかと言えば正直「?」ではあるが
そもそも「田澤ルール」は渡米して順応できない若手への制裁的な意味があったはず。実績ある田澤には当てはまらないのでは?
本人がNPBを拒否したんだから今更NPBで投げる筋合いもない。一生向こうで投げとけばいい!みんな甘い!
田澤投手「埼玉に住みます」。すごいパワーワードじゃないですか!誰もダサイタマなんて言えんぞもう

出典:Twitter

まとめ

今回の記事をまとめると以下の通りです。

要約すると...

  • 元レッドソックスの田澤純一が独立リーグ埼玉HB入りを決意、日本復帰
  • 08年にNPBを拒否してMLB入り。日本復帰に制限設ける田澤ルールの発端に
  • 田澤自身2年間はNPB入りできず。「ルールなくなれば…」と率直な思いも

社会人時代のW杯経験から米に憧れ「自分が進みたい道を選んだ」だけなのに、結果として新ルールという日米球界の壁をつくってしまった田澤投手。「自分のせいでルールが生まれ、海外を目指す後輩の選択肢を狭めてしまったのではないか…」という思いにも苛まれたといいます。

しかし「田澤後」はNPBで実績を積みながらも菊池、大谷投手らが続々渡米。今やほとんどの球団がポスティングシステムを容認しており「NPB経由」は大きな障害ではなくなっています。

昨年には、米国のトップアマ、スチュワート投手が逆にMLBを蹴ってNPB入りするまでに。代理人は「規律や生活環境、栄養の観点でもマイナーよりずっといい」と評価するなど、時代は大きく変わっています。野球が他競技に人気を奪われる昨今、日米球界とも排他的な行為はやめ連携して魅力を高めることが一層重要な気がします。

れん
今やMLB中継が簡単に見られるし情報入手も時差なし。日本にはスカウトもたくさん。子供達が「夢はメジャーリーガー」と言うのに何の遠慮もいらない!

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